2026年07月10日(金)
- パワーエレクトロニクス基礎
ベクトル制御で電流が振動して収束しない原因とは?波形の見方と確認ポイント【モータ制御シリーズ 中級⑤】
ベクトル制御では、PIゲインだけでなく、制御遅れや電流センサ、角度情報などが原因でd軸電流・q軸電流が振動することがあります。本記事では、電流が収束しない原因と確認手順をわかりやすく解説します。
前回の記事「dq制御のチューニングでは何を確認する?」では、PIゲインを調整する前に確認したいモータ定数、角度情報、制御周期などの前提条件について解説しました。
今回は、その中でも実機評価で問題になりやすい「電流が目標値の周辺で振動し、収束しない状態」を例に、PIゲインだけではない原因や、どの波形から順番に確認すればよいのかについて整理します。
ベクトル制御で電流が振動して収束しない原因とは?
ベクトル制御では、d軸電流指令やq軸電流指令に対して、実際のd軸電流・q軸電流が追従するように制御します。
通常は、指令値を変更すると実電流がその目標値へ近づき、一定時間後に落ち着きます。
しかし、条件によっては、実電流が目標値の周辺で上下に揺れ続けることがあります。
たとえば、q軸電流指令を一定にしているにもかかわらず、実q軸電流が目標値を超えたり下回ったりしながら揺れ続ける場合があります。
このような状態では、次のような現象につながることがあります。
- トルクが変動する
- 速度が安定しない
- モータから異音が発生する
- 過電流に近い挙動になる
ポイント|最初に確認したいこと
電流が振動して収束しない場合は、まず次の3点を切り分けて確認します。
- 電流指令が揺れているのか
- 実電流だけが揺れているのか
- 検出値が揺れて見えているのか
電流が振動するときはどこから確認すればよいのか?
電流が振動しているように見える場合、最初に確認したいのは、揺れがどこから始まっているかです。
まず切り分けるポイント
- 指令側が揺れているのか
- 実電流側が揺れているのか
- 検出側が揺れて見えているのか
q軸電流指令そのものが揺れている場合は、上位側の速度制御や位置制御の出力が変動している可能性があります。この場合、内側の電流制御だけを調整しても根本的な改善につながらないことがあります。
一方で、q軸電流指令は安定しているのに実q軸電流が揺れている場合は、電流応答側に問題がある可能性があります。この場合は、PIゲイン、制御遅れ、電流検出、角度情報、電圧指令などを確認します。
また、実際には電流が大きく揺れていなくても、電流センサのノイズやオフセットによって波形が乱れて見える場合もあります。
このように、指令側、実電流側、検出側を分けて見ることで、確認すべき範囲を絞り込みやすくなります。
PIゲインを上げると電流が振動しやすくなるのはなぜか?
電流の応答を速くしたい場合、PIゲインを上げることがあります。
PIゲインを上げると、指令値と実電流の差に対する補正が強くなります。そのため、適切に調整できれば応答性を高めることができます。
PIゲインを上げすぎると…
補正が強くなりすぎることで、次のような動きを繰り返します。
目標値を行き過ぎる
↓
反対方向へ補正する
↓
今度は下がりすぎる
↓
再び補正する
↓
目標値の周辺で振動する
一方で、ゲインを上げすぎると、補正が強くなりすぎて目標値を行き過ぎることがあります。
目標値を超えたあとに反対方向へ補正し、今度は下がりすぎる。その結果、上がりすぎる、下がりすぎる、また上がる、という動きを繰り返してしまうことがあります。
この状態になると、電流は目標値に落ち着かず、周期的に揺れているように見えます。
ポイント
PIゲインは高ければよいというものではありません。応答速度と安定性のバランスを見ながら調整する必要があります。
制御遅れによって電流が振動するのはなぜか?
電流を制御するときは、電流を検出し、座標変換を行い、PI制御で電圧指令を計算し、PWM出力へ反映します。
電流制御の流れ
電流検出
↓
座標変換
↓
PI制御
↓
電圧指令
↓
PWM出力
この一連の処理には、サンプリング周期、演算処理、A/D変換、PWM更新タイミングなどによる遅れがあります。
この遅れが大きいと、制御器は少し前の状態をもとに補正することになります。
そのため、実際の電流はすでに変化しているのに、制御器が遅れた情報に基づいて補正してしまい、結果として補正が行き過ぎることがあります。
PIゲインを高く設定している場合、この遅れの影響を受けやすくなります。
確認したいポイント
- 制御周期
- PWM周期
- A/D変換タイミング
- 演算処理の遅れ
電流センサのノイズやオフセットはなぜ確認するのか?
実電流の値は、電流センサで検出した値をもとに計算されます。
そのため、電流センサにノイズやオフセットがあると、制御器は正しい電流値を見ていない状態になります。
たとえば、実際には電流が大きく変動していなくても、センサノイズによって電流が揺れているように見える場合があります。
また、電流センサのオフセットが残っていると、d軸電流やq軸電流に不要な偏りが出ることがあります。
この状態でPIゲインを調整すると、本来補正すべきではない誤差に対して制御器が反応し、かえって電流波形が乱れる場合があります。
切り分けポイント
- 実際に電流が振動しているのか
- 検出値にノイズが含まれているのか
- オフセットの影響なのか
角度情報のずれで電流が振動して見えるのはなぜか?
ベクトル制御では、検出した三相電流をd軸・q軸に変換するために、回転子の角度情報を使います。
角度情報がずれていると、d軸電流とq軸電流を正しく分離できません。
その結果、q軸電流を制御しているつもりでも、d軸電流が想定外に変化したり、q軸電流が不安定に見えたりすることがあります。
特にセンサレス制御では、推定角度の誤差がdq電流へ直接影響します。
この場合、電流の調整が悪いように見えても、実際には角度推定のずれが原因になっていることがあります。
確認項目
- エンコーダ角度
- 推定角度
- 回転方向
- 極対数の設定
電圧指令やPWM出力の制限はなぜ確認するのか?
電流指令に対して実電流が追従しない場合、必要な電圧を出せているかも確認する必要があります。
PI制御では、電流の誤差をもとに電圧指令を作ります。しかし、インバータが出力できる電圧には上限があります。
電圧指令が上限に達している場合、制御器がさらに補正しようとしても、実際には必要な電圧を出せません。
その結果、実電流が指令値に追従せず、応答が遅れたり、目標値の周辺で揺れたりすることがあります。
高速回転時には逆起電力の影響が大きくなり、電圧余裕が不足しやすくなります。
合わせて確認する項目
- d軸電流・q軸電流
- 電圧指令
- PWM指令
- 電流制限
- 電圧制限
波形の見え方によって確認ポイントはどう変わるのか?
電流が振動しているように見える場合でも、波形の見え方によって確認すべきポイントは変わります。
波形の見え方ごとの確認ポイント
- 規則的に上下する → PIゲイン・制御遅れ
- 細かい高周波の揺れ → 電流センサ・PWM・配線ノイズ
- d軸電流・q軸電流が同時に乱れる → 角度情報・dq変換・電圧制限
- 高速域だけ乱れる → 逆起電力・電圧余裕・制御周期・弱め界磁制御
たとえば、指令値の周辺で規則的に上下している場合は、PIゲインや制御遅れの影響を疑います。細かい高周波の揺れが重なっている場合は、電流センサのノイズやPWM、配線ノイズの影響を確認します。
d軸電流とq軸電流が同時に乱れる場合は、角度情報、電流検出、電圧制限など、dq変換や電圧出力の前提条件を確認します。
高速域だけで電流が乱れる場合は、逆起電力、電圧余裕、制御周期、弱め界磁制御の影響を確認します。
このように、同じ「電流が揺れている」という現象でも、どの条件で、どの波形が、どのように揺れているかによって原因候補が変わります。
発振のように見えても別の原因であることはあるのか?
実機評価では、電流が発振しているように見えても、実際には別の要因で波形が乱れている場合があります。
発振のように見える主な原因
- 電流センサのノイズ
- 電流オフセット
- 角度情報のずれ
- PWMデッドタイム
- 配線ノイズ
- 上位側の電流指令の変動
たとえば、電流センサのノイズ、電流オフセット、角度情報のずれ、PWMデッドタイム、配線ノイズなどが原因で、電流波形が揺れて見えることがあります。
このような場合、PIゲインを下げても根本的な改善につながらないことがあります。
また、上位の速度制御や位置制御から出ている電流指令そのものが揺れている場合もあります。
電流指令が揺れている場合、実電流が揺れている原因は、内側の電流応答だけではありません。速度指令や位置指令、負荷変動、機械系の振動などが関係している可能性があります。
そのため、電流が振動している場合は、実電流だけを見るのではなく、電流指令が安定しているか、上位側の指令が変動していないかも確認する必要があります。
電流が振動しているときは何から確認すればよいのか?
電流が振動して収束しない場合、すぐにPIゲインを変更したくなることがあります。
しかし、原因が電流センサのノイズや角度情報のずれ、電圧制限にある場合、ゲインを変更しても根本的な改善にはつながりません。
まずは、次の順序で確認すると整理しやすくなります。
- 電流指令が安定しているか確認する
- 実電流が指令に対してどのようにずれているか確認する
- 電流センサのオフセットやノイズを確認する
- 角度情報やdq変換条件を確認する
- 電圧指令やPWM指令が制限に当たっていないか確認する
- 制御周期やPWM周期、演算処理の遅れを確認する
- PIゲインを段階的に変更する
ポイント
PIゲインは最後に調整します。まずは前提条件を順番に確認することが重要です。
この順序で確認することで、PIゲイン以外の原因を見落としにくくなります。
また、ゲインを変更する場合は、一度に大きく変えず、変更前後の電流指令、実電流、電圧指令、PWM指令を記録して比較することが重要です。
内部状態を同時に確認できる環境はなぜ重要なのか?
電流が振動して収束しない原因を切り分けるには、複数の内部状態を同時に確認できる環境が重要です。
たとえば、次のような内部状態を同時に確認できると、どの段階で問題が発生しているのかを追いやすくなります。
- d軸電流
- q軸電流
- 電流指令
- PI出力
- 電圧指令
- PWM指令
- 角度情報
三相電流の波形だけでは、指令側が揺れているのか、実電流が追従していないのか、角度情報がずれているのかを判断しにくい場合があります。
実機評価では、指令値と実測値を同じ時間軸で記録し、波形の変化を比較することが重要です。
制御内部の値を可視化できる環境があると、PIゲイン調整や原因切り分けを効率よく進めることができます。
まとめ|ベクトル制御で電流が振動して収束しないときの確認ポイント
この記事のポイント
- 電流が振動しても原因はPIゲインだけではない
- まず電流指令と実電流を切り分ける
- 角度情報・電流検出・電圧指令・PWMも確認する
- 前提条件を確認してからPIゲインを調整する
ベクトル制御で電流が目標値の周辺で振動して収束しない場合、原因はPIゲインだけとは限りません。
制御周期やPWM周期による遅れ、電流センサのノイズやオフセット、角度情報のずれ、電圧指令の制限、PWM出力の影響など、複数の要素がd軸電流・q軸電流の応答に影響します。
また、実電流が揺れているように見えても、実際には上位側の電流指令や速度制御・位置制御の出力が変動している場合もあります。
そのため、dq制御の実機評価では、電流指令と実電流を分けて確認し、どの段階で揺れが発生しているのかを順番に切り分けることが重要です。
PIゲインを調整する前に、電流検出、角度情報、電圧指令、PWM、制御周期などを確認することで、原因を見誤りにくくなります。

dq制御で電流が振動して収束しない場合の確認フロー。電流指令と実電流を分けて確認し、電流検出・角度情報・制御周期・電圧指令・PWMを確認した後、最後にPIゲインを段階的に調整する。
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